【38歩目】仕事から活動へ、経営から運営へ。

こんにちは、認定NPO法人アカツキの永田です。
2015年から続くブログ『ひとりでできぬもん!』、NPOのファンドレイジングやコミュニケーションについて、その時気になっているテーマを取り上げていきます。

アカツキは2025年度現在で14事業年度目となりますが、活動開始から7〜8年目程で、概ね、財政規模の限界値が見え、そこからはあまり拡大を目指さない方針となりました。その後数年間は1200〜1400万くらいの間を行き来していました。

その後、10年目あたりから「仕事から活動へ」というイメージが内部で言語化されて共有され、財政規模は同じまま、同時にパートやボランティアを増やしていく方針となりました。これらは全て事務局と理事会により、中期経営計画に反映されています。

それはつまり、専従職員の稼働時間と給与を減らし、全員がダブルワークの体制を目指すということであり、永田が行政書士資格を取得した理由の一つでもあります(その一方で、時間換算の給与単価は全員少しずつ上げ続けています)。

NPOを継続発展させていくことには、企業のような「プロ化と専従雇用」というイメージがついて回ります。自分自身も、10年くらい前はその志向がありましたが、おそらくそれは間違いだったのだろうと、今は捉えています。

拡大の道が無かった訳ではありませんが。大手だけをクライアントにする、パッケージ化して効率化する、ツール導入斡旋業者になる、委託事業を次々取る、利権構造の中に組み込まれて資金を分配する、代行業で現場を依存させる、マウントして先生ポジション目指すなどなど、いずれも事務局の合意として選ぶことはありませんでした。

キラキラと活躍しているソーシャルビジネス系の団体の内情が漏れ聞こえてくるには、垂直構造の指示命令系統スタイルで仕事をしながら、ハラスメントや会計不正が(不祥事として発覚するしないに関わらず)頻発しています。

委託事業は企業に奪われ、雇用維持が目的化して人権侵害的なファンドレイズを展開し、スタッフは疲弊して退職と採用続き、創業者の代表+その他は若手のアルバイトで、年々経験差が拡大するような組織構造に陥るところも少なくありません。

一方で、ネットワークやボランタリーベースの老舗の団体に話を聞くと、活動が地域に根付き、それぞれの居場所をつくり、感情的なぶつかり合いやすれ違いを起こしながらも。誰か一人が権限を持つようなことを良しとしない民主的なガバナンスを維持しながら、代表や役職も交代して、実際に何十年も体制を持続させています。

とはいえ、こういう文化の団体にも、「ビジネス化しなければいけない」という、呪いにも似た「評価」や「成果」というプレッシャーの波が侵食してきているのですが。

「お金を価値基準にしない」というのは、お金が要らないとか清貧というような話ではありません。

お金では買えないような沢山の価値や意味…例えば、同じ問題意識を持つ仲間と出会える/ある程度納得した意思決定に参加できる/仕事が自分の信念と反しない/誰かに必要とされ感謝される役割がある/専門的かつ現場の学びが得られる/働く時間や場所と自由度が高く余裕を持って生活できる、などなど。多様なメリットやインセンティブを設計するということだと思います。

実際、自分自身もアカツキから受け取る給与は決して多くないのですが、仲間のおかげで、理想的で心身に健康な働き方を得られていると思います。

営利の世界には営利の良さやプロトコルがあり、公的機関にもその独自の仕組みや文化がある。様々なセクターが「交わらずに組み合わさる」からこそ、社会のバランスがとれていく。それにも関わらず、わざわざNPOをビジネス化して独自の役割を放棄し、オーナー中小企業となって自己破壊することほど、不毛なことはないだろうと捉えています。

どうせ…という言葉以外の表現を見つけられればよかったのですが、世の中全体が行き詰まっているということは明らかですので。

壊れつつある既存の世界の人たちに褒められるような「あるべき」とか「すごい」という評価基準は早めに見限り、自分たちなりの「面白い」とか「生きやすい」をつくっていく方が、遠回りに見えて、結果的にはよい場所に辿り着くのではと思えます。

NPOで食っていくのではなく、食っていきながらNPOを続ける。そう考えを切り替えることができれば、法人の経営者が「ヒトモノカネ」という視点で人を手段化することなく、同時に一人で責任を負うことにもならず。団体に関わる職員個人やその世帯、それぞれの共同で成り立たせることができる、と、アカツキは実感しています。

*本記事の写真には、アカツキ理事会・日帰り合宿のものを使用しています。